日光の観光スポット・足尾の歴史を案内する 写真館四代目のブログ

2008年08月20日

日光の地酒 渡良瀬camping train+cafeのお勧め

ワタラセアートアートプロジェクト2008の企画、渡良瀬camping train+cafeに日光の地酒、片山酒造の「粕華(kasuhana)<米焼酎>」,渡辺佐平商店の「日光誉(nikkohomare)<吟醸酒>がサービス(1drink¥100「限定数有」)されています。

アートをきっかけに、日光のうまい地酒を知る!

sake-a%5B2%5D.jpg

sake-naname%5B2%5D.jpg

渡良瀬camping train+cafeで日光の地酒を飲んだ方、おいしい感想をください。

ca390200%5B2%5D.jpg

こんな素敵なcafeで1杯も アートですよ!

2008年08月16日

納涼祭 8月15日 無事終了しました。 夏もそろそろ・・・

あいにくの雨・・・・・・

それでも仮装大会盛り上がりました。

田舎の納涼祭「直利音頭」は骨身にしみました

demise-1%5B2%5D.jpg

青年部にはキャプテン ジャク・スパローも出没し雰囲気を盛り上げました。

captain-jack%5B1%5D.jpg

WAP(ワタラセアートプロジェクト2008)のフェイスペインティングも子供で大賑わい!

paint-1%5B1%5D.jpg

納涼祭 8月15日 無事終了しました。 夏もそろそろ・・・

あいにくの雨・・・・・・

それでも仮装大会盛り上がりました。

田舎の納涼祭「直利音頭」は骨身にしみました

demise-1%5B2%5D.jpg

青年部にはキャプテン ジャク・スパローも出没し雰囲気を盛り上げました。

captain-jack%5B1%5D.jpg

WAP(ワタラセアートプロジェクト2008)のフェイスペインティングも子供で大賑わい!

paint-1%5B1%5D.jpg

2008年08月15日

足尾納涼祭 8月14日

足尾銅山の栄えていた時代から今もなお引き継がれている「直利音頭」

8月14日 17:00ころから降り出した雨に中止の不安がよぎりましたが、開会の19::00ころ雨は上がり無事「直利音頭」が響き渡りました。

企画の子供抽選会、 フェイスペインティング「ワタラセアートプロジェクト2008」、生ビール出店「商工会青年部」なども盛り上がりました。

「直利音頭」動画

bonodori-1%5B2%5D.jpg

2008年08月10日

wap オープニング・レセプションに参加しました。

8/10から8/31まで足尾を含めた、渡良瀬渓谷鉄道沿線で繰り広げられる、ワタラセアートプロジェクト2008

オープニング・レセプションに参加しました。

8/9の18:00から「旧桑原利平マンガン工場(大間々会場)で開催

mangan-kouzyou%5B1%5D.jpg

wap-orpening%5B1%5D.jpg


オープニングの様子

代表の上原さん・・・・挨拶とお礼・・・・・ !!

take%5B1%5D.jpg

マンガン工場に横5メートルの竹林が出現しました。

wap-kouzyou-nai%5B2%5D.jpg


マンガン工場内の作品をご案内

konshinkai-1%5B1%5D.jpg

これから渡良瀬渓谷鉄道の足尾沿線で始まるwapの夏に期待がよせられます。


2008年08月07日

原 敬 (1856-1912) 足尾銅山をめぐる人々

原 敬(HARA TAKASHI)

 南部藩家老の家の次男として生まれ、藩校を出て海軍兵学校を受験するが失敗して明治9年に司法省学校に入学したが、退学して一時新聞記者になるが井上馨の世話で官界入りし、そこで陸奥宗光に認められて政界の道が開けて古河と接触持つにことになる。

陸奥宗光外務大臣の時に外務次官を勤め、明治30年官界を去って大阪毎日新聞社長になり、33年に立憲政友会の創立に参加し、35年に衆議院議員となた。 大正2年に政友会第3代の総裁、大正7年には総理大臣となる。 爵位を持たず衆議院に議席を有する首相の初めての出現は平民宰相と歓迎された。 しかし大正10年東京駅で暴漢に刺殺された。

 原敬35歳の時に陸奥農商大臣の秘書官となり,その関係から足尾との出会いが始まった。 明治38年4月、陸奥の次男・潤吉が古河市兵衛の養子になり、新会社古河鉱業会社の社長に就任するにあたり、陸 奥の長男.広告に頼まれて原啓は副社長として、病弱な社長を助けて2年間足尾を見ることになった。

WAP「ワタラセアートプロジェクト2008」の渡良瀬camping train+cafe

8/10から8/31まで足尾を含めた、渡良瀬渓谷鉄道沿線で繰り広げられる、ワタラセアートプロジェクト2008もまもなくスタートです。

オープニング・セレモニーが8/9の18:00から「旧桑原利平マンガン工場(大間々会場)で開催されます。

イベントの 渡良瀬camping train+cafe の準備の様子です。

canp_t1.jpg

cano_t2.jpg

canp_t3.jpg

canp_4.jpg

ワタラセアートプロジェクト2008の会期中、ここで沢山の人たちの語らいが目に浮かびます。

2007より
渡良瀬CampingTrainに宿泊してきました。
渡良瀬アートプロジェクト(WAP)開幕しました。
渡良瀬アートプロジェクト(WAP)は、面白い!

WAP「ワタラセアートプロジェクト2008」の缶バッチ

8/10から8/31まで足尾を含めた、渡良瀬渓谷鉄道沿線で繰り広げられるワタラセアートプロジェクト2008

記念缶バッチの発売のお知らせです。

全8種類「1個¥200 3個¥500での販売だそうです。」の2種類を紹介します。

wap_wanawa.jpg
花輪の花模様

wap_syataku.jpg
わたらせ社宅模様

他の種類は、web日光のサイトと、足尾銅山.netから紹介


2008年08月05日

関 隆一&セルジオ越後 講演会

2008年8月4日 日本青年会議所栃木ブロック協議会のメディア戦略推進委員会「8月公開委員会」が開催された。

「今こそ発信 栃木の誇り」と題し、下野新聞論説委員 "関 隆一氏"と日光アイスバックスシニアディレクター "セルジオ越後氏"の講演会と対談。

関 隆一氏は栃木のポテンシャルとメディア活用についての内容で、セルジオ越後氏は、地域づくりとメディアについて講演いただきました。

seki1.jpg

seki%202.jpg

seruzio1.jpg

seruzio2.jpg

2008年08月04日

共教義会<kyoukyougikai> 足尾熟語辞書

共教義会<kyoukyougikai> : 古河鉱業所が主導した鉱夫救済の為の組合。

鉱夫を会員として、鉱夫の拠出金、鉱業所補助金などを財源として、5日以上の傷者、10日以上の病気などの日当や扶助金などを与えた。

健康保険法の施工により組合はなくなった。

足尾に生きたひとびと 著書 村上安正 より

よろけ<yoroke> 足尾熟語辞書

よろけ<yoroke> : 珪肺のことを指す。

坑内での採鉱時に出る微細な珪質粉じんが肺に蓄積し、肺の機能がおかされ、息切れや肺結核などを併発して死にいたらしめた職業病で、病状の様子から名づけられたとされる。

2008年08月03日

志賀直道

志賀直道(SHIGA NAOMICHI) 
小説の神様といわれた志賀直哉の祖父 で相馬藩6万石の奉行。 廃藩後、明治に於いては相馬家の家令として財政維持につとめ、古河市兵衛、渋沢栄一と共に足尾銅山の再開発に尽力しその利益で主家の財政挽回を図った。

足尾懲役場<asiotyouekizyou> 足尾熟語辞書

足尾懲役場<asiotyouekizyou> : 足尾銅山ではかつて囚人が働いていた。明治5年(1872)12月10日に足尾懲役場が設けられ、明治22年(1889)3月31日に廃止。それをうけた宇都宮監獄署足尾外役所も明治24年(1891)9月30日廃止された。最盛期の明治17年(1884)には囚人が187名を数え、主に運搬雑役(薪炭等)に従事した。

歩く「ぶ」<bu> 足尾熟語辞書

歩く「ぶ」<bu> : 含銅品位25%を10歩として、役人が肉眼で歩を鑑定した。

役人<yakunin> 足尾熟語辞書

役人<yakunin> : 足尾銅山鉱業所の職員をさしている。

2008年08月02日

渋沢栄一(SHIBUSAWA EIICHI) 足尾銅山をめぐる人々

渋沢栄一(1840~1931)

 足尾銅山は明治12年(1879)頃、古河、渋沢、相馬の3者の出資で開発された。

栄一は武蔵榛沢の郷士の子で尊皇攘夷運動に加わり、その後一橋家に仕え慶応3年、徳秋昭武に随行して渡欧し西洋の新知識を学び、明治維新となって帰国し日本で始めての民間銀行、第一国立銀行を設立し、古河市兵衛は大株主となる。

陸奥宗光(mutsu munemitu) 足尾銅山をめぐる人々

陸奥宗光(1844~1897)

先祖は伊達騒動で知られる仙台藩の伊達兵部で、その子孫は徳川御三家のひとつ紀州藩につかえた。

陸奥は勝海舟を師とし坂本竜馬とともに学び、海援隊に入って活躍した。

大政奉還後、兵庫県や神奈川県の知事を勤めたが、明治10年の西郷隆盛らが離反した西南戦争の時陸奥も政府転覆計画に加担したかどで、明治15年まで6年間東北の監獄に収監された。 その間、陸奥身をきずかって衣食等 の差し入れをしたのが古河市兵衛であった。

1883年(明治16年)出獄を許され、伊藤博文の勧めもあってヨーロッパに留学する。
この費用は、一万一千円を要したとされるが、そのうち二千五百円は市兵衛が負担している。

明治維新後、陸奥は新政府に登用され、駐米大使、農商務相、外相など歴任し、次男は子供のいなかった古河市兵衛の養子に迎えられた。

mutsu%20munemitu.jpg


腰堀り<koshihori> 足尾熟語辞書

Posted by: admin | Posted in: 足尾熟語辞典 腰堀り<koshihori> : 手掘り採掘には、横に水平に進む水平堀り、又は、下向きに掘る「銅じき」が主でした。

下向きに掘る「銅じき」の採掘法を腰堀りとよんでいました。

岡「おか」<oka> 足尾熟語辞書

岡「おか」<oka> : 足尾銅山の坑内と対比の意味で、銅山坑外をさす。

一方<ichikata> 足尾熟語辞書

一方<ichinokata> : 足尾の鉱山勤務における終日の就業時間のこと。

交代制の場合 ; 一の方、二の方、三の方

2008年08月
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

トラックバック

足尾でホルモン焼き
from TanTanTanuki's Weblog 04/18
【細菌学】の口コミ情報を探しているなら
from 人気のキーワードからまとめてサーチ! 04/07

プロフィール

prof_img.png

名前
Onozaki
生年月日
1970年9月29日
正座
天秤座
特技
具志堅ジャンプ
座右の銘
焼け石に鮭

>> 管理人にメールを送る

フィード [フィードとは]

更新のお知らせメール

ブログの更新情報をメールでお知らせします。ご希望の方はアドレスの登録をお願いします。

Powered by
Movable Type 3.34