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2007年06月 アーカイブ

2007年06月01日

新緑の季節 更に雨の翌日が最高!・・のはずが

新緑の季節、緑が生き生きと芽生え、自然の活力を全身に浴びる。
田舎者の特権です・・・・
更に雨の翌日が最高なのです。 雨によって大気中のほこり(白くぼやける)が解消され、空の青、葉の青が強調されるそんな貴重な日です。
そのはずが・・・・・・

新聞、メディア等でご存知の「黄砂」の影響でしょうか、視界に近い山はくっきりしていますが、奥に進むに連れて、黄色くぼやけています。
※この季節、こころ癒される瞬間が、台無しです。

(日光清滝から、足尾へ向かう途中の景色です。)

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黄砂に関する基礎知識
黄砂現象とは、東アジアの砂漠域(ゴビ砂漠、タクラマカン砂漠など)や黄土地帯から強風により大気中に舞い上がった黄砂粒子が浮遊しつつ降下する現象を指します。日本における黄砂現象は、春に観測されることが多く、時には空が黄褐色に煙ることがあります。
 黄砂現象発生の有無や黄砂の飛来量は、発生域の強風の程度に加えて、地表面の状態(植生、積雪の有無、土壌水分量、地表面の土壌粒径など)や上空の風の状態によって大きく左右されます。黄砂粒子はいったん大気中に舞い上がると、比較的大きな粒子(粒径が10μm以上(1μm = 0.001mm))は重力によって速やかに落下しますが、小さな粒子(粒径が数μm以下)は上空の風によって遠くまで運ばれます。例えば、東アジアが起源の黄砂粒子が太平洋を横断し、北米やグリーンランドへ輸送されたことも報告されています。
 


15 ドア周り やはり黒 07/03/18

ドアの周りもやはり、つや消し黒で塗装しました。
(断熱材の為、キシラが塗れません)

まだ、黒かとお思いでしょうが、販売用の写真額が茶色の為にマッチします。
自信満々です。。。。。

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ここまでやると、このサッシの扉のイメージも変えたいなー!!

16 写真展示用棚 07/03/28

16 写真展示用棚の塗装

2L額を展示する棚に「キシラ」で塗装です。

ごらんの通り、ホームセンターでよく見かける柵に、2センチ角の木材を、取り付けました。
これらを塗装したわけですが。。。。。。

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この段階で、朝5時から取り掛かり・・・現在9時です。
いやー塗りにくいのめんどくさいのって、たいへんです。

このあたりを塗るのが手間がかかります。
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現在13時過ぎ、、、、、
8時間かかりました。
何日間か乾かします。

柵を立てかけるイーゼルを、次回作成にチャレンジします。

16と半 レトロな電気 銅山観光で発見

レトロな照明器具を銅山観光で発見しました。

日光市職員で、銅山観光勤務のHさんからのご案内でした。
当店舗の照明も、この雰囲気をめざします。

因みに、笠がホーローです。
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この部分は、鋳物だそうです。
木材の先に付けられた、銅の部位の錆が、いい雰囲気をだしてますね。
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早速インターネットで探してみます。

仕事で京都! 合間に足尾店の為に参考史料 1

京都に仕事で行ってきました。

銅山観光店の店造りに、ちょっとしたヒントを見つけてきました。 no.1

柱と壁の色合いは、こんな感じが私の理想です。 (この古さもいいですね! 「少し古過ぎかな・・」
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仕事で京都! 合間に足尾店の為に参考史料 2

京都に仕事で行ってきました。

銅山観光店の店造りに、ちょっとしたヒントを見つけてきました。 no.2

現在店舗と出口の境界線の為、黒い布を張っていますが・・・
これから暑くなるので、すだれか、よしづを付けようとおもいます。
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仕事で京都! 合間に足尾店の為に参考史料 3

京都に仕事で行ってきました。

銅山観光店の店造りに、ちょっとしたヒントを見つけてきました。 no.3

なんという障子の貼り方でしょうか、雰囲気があるので紹介します。

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サッシのドアを黒く塗るか、すだれを貼って、窓からこんな障子が見えるようにしようかな・・・・・

仕事で京都! 合間に足尾店の為に参考史料 4

京都に仕事で行ってきました。

銅山観光店の店造りに、ちょっとしたヒントを見つけてきました。 no.4

京都でも見つけました。
店舗に付けたい電球で紹介した、ホーロー笠の電球です。くやしいけでマッチしています。
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マッチしていると言えば、花見小路という通りを散策しましたが、通りに面した店舗が古き京都の店構えで、柱や壁の色といった処が、全て統一され、観光客を驚かせていました。
私もそのひとりです。

仕事で京都! 合間に足尾店の為に参考史料 5

京都に仕事で行ってきました。

銅山観光店の店造りに、ちょっとしたヒントを見つけてきました。no.5

以前から、京都の古い家屋などに、使用されている釘に興味があったのですが、どんな釘だかわかりませんでしたが、ふらっとしていると・・・ 抜けそうなのを発見!
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1・2・3・ これだ・・・・・
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全貌は、明らかではありませんが、うれしい発見です。
このポコポコ感と、横のまっすぐな配列がたまりませんでした。

2007年06月02日

沈殿池建造写真【59】

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【59】中才の中段沈殿池の建造中。簡易鉄道・ドコビールのレールとトロッコが写っている。石垣用の石は足尾周辺から集められたが、人間とくらべるとその大きさがわかる。
(明治30年7月4日撮影)

竣工後の中段沈殿池写真

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【60】竣工後の中才の中段沈殿池。中才に新設を命じられた施設の総面積は1800坪以上とされたが、そのうち沈殿池は約1265坪、2段・6池がつくられた。
(明治30年8月18日撮影)

建造中の濾過池写真

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【61】中才で建造中の濾過池。池の底部を平らにし、濾過用の砂を敷いているところである。ここでも石材など大量の資材が目に付く。
(明治30年6月22日撮影)

竣工後の濾過池写真

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【62】竣工後の中才の濾過池。3つの濾過池の面積は、甲号と乙号が各210坪、丙号が194・25坪である。工時期間はわずか2週間ほどであった。
(明治30年7月4日)

濾過池の実施テスト写真

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【63】中才の濾過池で行われた実施テスト。ぶっつけ本番で建造された濾過池では性能を検査したことがわかる。
結果が不充分なものについては再工事が行われた。
(明治30年8月18日撮影)

竣工後の上段沈殿池写真

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【64】竣工後の中才の上段沈殿池。6つの沈殿池は6月5日から工事を始め、7月24日にすべて竣工した。
文字通りの突貫工事だった。
(明治30年8月16日撮影)

再工事中の濾過池写真

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【65】再工事中の中才の濾過池。試験操業の結果、性能が不充分とわかり、取り壊して再度礫と砂の層を敷いて改造した濾過池をつくっているところである。
(明治30年11月16日撮影)

改造中の濾過池写真

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【66】改造中の中才の濾過池。底部に敷く砂の混ぜ方を変えたのだろうか。トライアンドエラーを繰り返したことがわかる。
(明治30年11月16日撮影)

濾過池から渡良瀬川への放水写真

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【67】中才の濾過池から渡良瀬川への放水風景。画面左端に放水口が写っている。写真を見ると、濾過池から出た水をさらにもう一度処理していると思われる。
(明治30年8月16日撮影)

泥渣・洗砂の堆積場写真

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【68】通洞ちかくの新梨(しんなし)に建造された泥渣・洗砂の堆積場。面積は3000坪以上あり、周囲には高さ約2・7メートルの石垣または煉瓦壁の築造が義務づけられていた。
(明治30年7月9日撮影)

沈殿池濾過池の建造写真

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【69】建造中の小滝坑の文象(ぶんぞう)沈殿池と濾過池。ここでも人海戦術がとられ、工事人夫だけでなく、足尾の町民も出て、砂利運搬をはじめ工事を手伝った。
(明治30年7月5日撮影)

沈殿池濾過池の落成写真

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【70】文象沈殿池と濾過池の落成。また、文象には、足尾全体で最大規模の堆積場も設けられたが、のちに社宅の用地に転用された。
(明治30年10月22日撮影)

上層沈殿池写真【71】

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【71】小滝坑の坑内水処理にあたる馬立(うまたて)の上層沈殿池。選鉱場にちかく、その汚染を防ぐために屋根がつけられた。図版【72】は、この反対側から撮影したもの。
(明治30年11月20日撮影)

上層沈殿池写真【72】

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【72】馬立の上層および2区沈殿池。中央左手が選鉱場で、小滝の坑内水は選鉱用水にされたのち、中和して砂濾過し、さらに沈殿池・濾過池を通して放水された。
(明治30年12月13日撮影)

工事風景写真【73】

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【73】予防工事命令書では鍰などの堆積方法も規定されている。本山製錬所の鍰堆積場も、上部に堰を設け、水の排出用繸道の開鑿が命じられた。その工事風景である。
(明治30年7月11日撮影)

煙道工事写真

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【74】本山製錬所の煙害予防工事。煙道、煙室、脱硫塔、煙突がセットで連結される。写真は煙道工事で、山の中腹に製錬所があるため山を開鑿して煙道がつくられた。
(明治30年8月1日撮影)

煙道の築造風景写真

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【75】煙道の築造風景。基礎工事をしたのち、煉瓦積みをし、セメントで固めた。煙道の延長は約566メートルであった。
(明治30年8月1日撮影)

煙道写真【76】

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【76】工事は製錬所の排ガス中の亜硫酸ガスや粉塵を取り除くためのもので、各炉で噴出するガスは煙道で集めて脱硫塔を通してから、上部煙突を経て大煙突に導く。
(明治30年8月1日撮影)

建造中の脱硫塔後部写真

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【77】建造中の脱硫塔後部の擁壁。この脱硫塔は日本初の排ガス処理施設である。山腹に建設するため堅牢な基礎工事が必要で、立方体の形をした才石(さいせき)の布積み工法が採用された。
(明治30年8月10日撮影)

脱硫塔煙突の基礎工事写真

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【78】脱硫塔煙突の基礎工事。高さ約18メートルにもなる煙突を建てる場所に、基礎コンクリートを打っている。
(明治30年8月10日撮影)

脱硫塔煙突の基礎工事写真

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【78】脱硫塔煙突の基礎工事。高さ約18メートルにもなる煙突を建てる場所に、基礎コンクリートを打っている。
(明治30年8月10日撮影)

煙突の工事写真【79】

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【79】煙突の煉瓦を積上げているところ。脱硫塔工事に使う煉瓦は不足していて、古い建築物や小滝製錬所などを壊したものを使った。
(明治30年8月17日撮影)

脱硫塔の築造風景写真

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【80】脱硫塔の築造風景。その内部は「英国法」による煉瓦積をしたと記録に残っている。
(明治30年8月18日撮影)

脱硫塔の築造風景写真【81】

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【81】脱硫塔の築造風景。脱硫塔は煙室・脱硫室・前部煙道・後部煙道・排水道・煙突の6部よりなている。
(明治30年8月20日撮影)

夜間工事写真

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【82】厳しいスケジュールのため、工事は3交代制をとり、夜間も続行された。足尾には発電所があり、電気による照明器具の使用が可能だったのである。
(明治30年8月24日撮影)

夜間工事写真【83】

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【83】脱硫塔内部の煉瓦工事現場。当時としては珍しい夜間工事の写真である。使用した煉瓦は約311万丁といわれるが、ここに見えるのは中古品と思われる。
(明治30年8月24日撮影)

脱硫塔の築造風景写真【84】

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【84】図版【81】にくらべても、脱硫塔工事の進捗状況がうかがえる。内部は4区に分け、塔の上には桁行約17メートル、梁間約11メートルの上屋を設けた。
(明治30年8月25日撮影)

脱硫塔の築造風景写真【85】

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【85】脱硫塔の築造風景。図版【84】の反対側から撮影されたもの。画面左手中央に見える、仮設の屋根が葺かれた大きな建屋が脱硫塔である。
(明治30年8月25日撮影)

脱硫塔の築造風景写真【86】

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【86】この年、足尾の天気は不順だった。現場で働く人々も笠をかぶっている。図版【85】と同じアングルだが、脱硫塔にも雨除けが掛けられているようだ。
(明治30年8月25日撮影)

2007年06月03日

築造中の脱硫塔写真

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【87】築造中の脱硫塔。仮説の屋根や覆いが取り除かれており、脱硫塔の本体部分が完成したことがわかる。
(明治30年9月3日撮影)

脱硫塔内写真

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【88】脱硫塔内には攪拌機付きの石灰注入器を設け、石灰を溶かした石灰乳を落下雨状にし、排ガスの無害化をはかった。塔内の仕組みがわかる唯一の写真でもある。
(明治30年10月26日撮影)

竣工後の脱硫塔写真

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【89】竣工後の脱硫塔。難関の煙害予防工事も10月22日に脱硫塔・大煙突が鉱山監督署の竣工認可を受け、残る部分も11月22日の期限内に認可を得られた。
(明治30年10月26日撮影)

本山製錬所付近パノラマ写真

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【90,91】予防工事落成後の本山製錬所付近。2枚のパノラマ写真である。右手の山には脱硫塔が、左手には鉄橋・古河橋やその手前の赤倉広場が見える。
(明治30年12月10日撮影)

製錬所の上の堰堤写真

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【92】製錬所の上の台地、京子内(きょうこない)の堰堤。製錬所ちかくの鍰・廃石の流出防止のため、堅固な堤が必要とされた。地盤も弱いため、石材費・工賃のかかる才石の布積み工法をとった。
(明治30年11月9日撮影)

改築工事竣工後の文象沢写真

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【93】改築工事竣工後の文象沢。庚申川に注ぐこの沢の谷間に小滝の廃石などを堆積したので、間知石(けんちいし)乱積み工法で砂防壁をつくり、左岸の水路から沢水を流した。
(明治30年12月20日撮影)

本口沢の堰堤工事写真

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【94】本口沢の堰堤工事。ここには廃石が堆積され、鉄砲水で下流に流出していた。そのため堰堤築造と、堆積物を京子内または高原木へ移すことが命じられた。
(明治30年11月14日撮影)

完成した本口沢の堰堤写真

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【95】完成した本口沢の堰堤。図版【94】でもわかるように、4人がかりで運ばなければならないほどの大石を使用した。また、川底にも敷石施工をしている。
(明治30年12月24日撮影)