大間々扇大地(笠懸野)開発に力を注いだのが岡上景能。景能公は当地の代官に就任するやこの地の開発に着手。特に足尾銅山の銅を早く確実に江戸へ運ぶために、街道(銅山街道)の整備を進めた。寛文4年(1664)岡上用水の開さく工事に着手、同12年4月に完成したという。この岡上用水は銅山街道の整備のため、新しい街道と町割り、人々の生活用水としても利用しようと街道沿いに用水路を開さくし、新田開発も行なった。こうして本町村・六千石村・大久保村などが誕生、銅山街道の宿場として「大原宿」がつくられた。銅問屋西村家。新しい村の精神的なよりどころとして神社や寺院(四寺)も景能公は建立した。神明宮(この境内に岡登霊社が祀られている)・大久保の赤城神社・大原の大原寺、他に笠懸町の国瑞寺がある。菓匠青柳では「岡登まんじゅう」を名物として製造販売をしている。やぶつか温泉郷、温泉の近くには、小説「木枯らし紋次郎」の舞台を再現した「三日月村」や世界の蛇を展示、学術的拠点となっている「ジャパン・スネークセンター」。つつじ山公園には、細川雄太郎の詩「あのこはだあれ」の童謡の碑もある。