ガソリンカー
大正15年(昭和元年)8月から定時馬車に代わってガソリンカーが町内を走る事になった。乗車人数は、14~15人が定員、1日に赤沢~小滝間を5往復、客車は3t、長さ5m、幅2m、軌道幅は70cm、機関車は、当時のアメリカフォードエンジンを使っていた。時速10~15kmで、走っているガソリンカーに乗り降りができるくらいであった。
「目で見る足尾の百年」 第5集より 写真提供 新井常雄氏
馬車鉄道はこの年6月からガソリンカーと交代する。写真は、新梨子馬車鉄道基地(現在の中央運動公園の地)
「目で見る足尾の百年」 第5集より 写真提供 小島衣料店
ガソリンカーを、この頃「ガソリン」と略称したり発射時間が定まっていたので「定時」とも言っていた。