足尾の舟石線を走りました。NO.10 鷹の巣抗「対岸の中腹にあった古河の最初の直営抗」
足尾銅山は、明治10年(1877)に古河市兵衛が経営するまでは、下稼人(山師)の請負で採掘していた。当時38人の下稼人が70余の坑道を稼動させていたが、市兵衛は古河の直営抗を進め、同13年に休止していた鷹の巣抗の開発に着手し、草倉銅山(新潟)から精鋭の抗夫を投入するとともに、採掘方法に発破を採用し直利(富鉱)を発見、更に新らしい技術と設備を次々に導入し、足尾銅山の拠点となる主抗の開発に成功し日本一の銅山となっていった。
対岸の中腹を撮影しました。