足尾の舟石線を走りました。NO.12 舟石
舟石には、明治のはじめ数戸の家が、農業を営み生活をしていました。当時は、この地を岩魚が多くとれたので「魚の沢」とよんでいましたが、足尾銅山を開発した古河市兵衛が、明治30年代この地をおとずれたとき、この舟の形した石を見て「舟石といったらどうか」といわれたことから「舟石」の地名がついたということです。舟石の最も栄えたのは、大正7年(1918)のころで47戸の家が点在していましたが、徐々に少なくなり、昭和29年には、全く住む人がいなくなってしまいました。往時を物語る石碑が、今も山の上に残されています。