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小滝小学校跡の台座の上は、二宮金次郎の銅像と判明

小滝小学校跡の台座の上は、二宮金次郎の銅像と判明

小滝小学校・第3中学校跡でUPしました7枚目、台座の画像の上部が二宮金次郎の銅像であった事が分かりました。小滝小学校卒業された方に確認を取りました。戦前、国民の「向学心の象徴」として各地に建てられていた金次郎の銅像は戦時中、皮肉にも鉄砲の弾やゼロ戦の部品にその姿を変え「報国」を果たそうです。

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二宮尊徳

「天保の大飢饉が起こった時、小田原藩主は無一文から家を興し有名になっていた農民金次郎を抜擢し、飢えで苦しむ領民の救助に当たらせた。金次郎は、規則に縛られる役人たちや財産を失うことを恐れる豪農層と対立しながら瀕死の困窮民の支援に奮闘。小田原領の貧民四万人を一人の餓死者もなく救うことに成功した」のであります。
金次郎はその後、至誠・勤労・分度・推譲の「報徳精神」を愛情深く説いて回り、多くの村々を極貧や飢餓から復興させました。その数は全国で600にも上るといわれています。

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1970年9月29日
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2007年11月16日 00:28に投稿されたエントリーのページです。

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