« 足尾に緑を育てる会 | メイン | 馬車鉄道跡 »

銅街道(あかがね街道)

 「あかがね」とは銅のことですが、足尾銅山でとれた銅をむかしは、群馬県境町の平塚河岸まで馬で運び、さらに利根川で船を使って江戸まで運んだ時代がありました。そのときの銅の輸送に使われた陸路を“銅山街道”とか“あかがね街道”と呼んでいました。
 現在では当時をしのばせるものは、ほとんど残っていませんが、古文書などによると、この街道には5つの宿場がありました。その一つの花輪の宿場の銅問屋・前島河岸の蔵や街道の一部の建物が今でも残っており、当時の様子をしのばせてくれます。街道と言っても現代のような道幅の広いものではなく、馬がやっと通れるような、けわしい道が続いていたのです。
 このようにして足尾から運ばれた銅は、日光東照宮・芝の増上寺・上野の寛永寺・江戸城などを築くときに使われました。
 また、遠く長崎の港に運ばれ、オランダや中国の商人にも売り渡されたりしたのです。

%E3%82%AC%E3%82%A4%E3%83%89%EF%BC%92%EF%BC%99%E4%B8%8A.jpg
昔の銅街道

%E3%82%AC%E3%82%A4%E3%83%89%EF%BC%92%EF%BC%99%E4%B8%8B.jpg
花輪 高草木家銅蔵

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://nikko-spot.chicappa.jp/cgifolder/mtfolder/mt-tb.cgi/864

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

2008年09月
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30

トラックバック

プロフィール

prof_img.png

名前
Onozaki
生年月日
1970年9月29日
正座
天秤座
特技
具志堅ジャンプ
座右の銘
焼け石に鮭

>> 管理人にメールを送る

フィード [フィードとは]

更新のお知らせメール

ブログの更新情報をメールでお知らせします。ご希望の方はアドレスの登録をお願いします。

About

2007年11月24日 23:13に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「足尾に緑を育てる会」です。

次の投稿は「馬車鉄道跡」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type 3.34