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足尾の鉄道の移り変わり

※足尾鉄道
 足尾銅山では、銅などの輸送効率をあげるため、鉄道輸送を考えました。大正元(1912)年12月30日までに桐生~足尾間が完成し、翌31日に1番列車が44kmのレールを走り始めました。国からの許可が下りるまでには、なんと計画から24年という長い年月を要しました。銅山念願の鉄道実現により、輸送力は増大し、日本の近代化に貢献する重要産業路線足尾鉄道となりました。

※国鉄・JR足尾線
 私鉄足尾鉄道は、大正7(1918)年、国が重要路線として買い上げ国鉄となりました。その後、昭和55(1980)年ごろ赤字線廃止問題が起こり、足尾線は昭和60年までに廃止ということになりました。しかし、沿線をあげての廃止対策「乗って残そう足尾線」を合言葉に猛烈な存続運動の末、県や沿線自治体のよる第3セクターわたらせ渓谷鉄道がレールを残すことになりました。
 
※わたらせ渓谷鉄道
 平成元(1989)年3月28日、JR足尾線は71年の歴史を閉じ、翌29日特製色とりどりのワンマン列車が桐生~間藤間を80分で軽快に走り始めました。四季折々の車窓からの眺めは素晴らしい人気の路線です。皆様のご乗車をお待ちしております。

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足尾鉄道/国鉄・JR足尾線/わたらせ渓谷鉄道

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生年月日
1970年9月29日
正座
天秤座
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2007年11月26日 11:29に投稿されたエントリーのページです。

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