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足尾の沿革史

時代 西暦  年号    主なことがら                               
原始  BC5500頃   唐風呂や野路又に縄文文化の人たちが住んだ
古代   645 大化1  下野国阿蘇郡足尾郷となる
中世  1315 正和4  足尾の5姓(神山・倉澤・齊藤・星野・亀山又は細内)が足尾に移住したと                  伝えられる
近世  1610 慶長15 備前国治部と内蔵によって備前楯から銅鉱が発見され、幕府の直山となる
     1676 延宝4  足尾千軒といわれ繁栄した
     1742 寛保2  この年から6年間足尾に鋳銭座をもうけて寛永通宝(足字銭)を約2億枚鋳                 造した 
     1817 文化14 銅山は休止状態となる。このころ滝沢馬琴が「南総里見八犬伝」の中に足尾                庚申山を書いた
近代  1877 明治10 銅山が古河市兵衛の経営に移った
     1884 明治17 産銅量が増大して日本一の銅山になる
     1889 明治22 町村制の施行により、足尾村が町と改められ町役場が置かれた。
     1890 明治23 三大工事が竣工した(間藤水力発電所、日本初の索道架設、古河橋)
     1891 明治24 日本初の電気機関車(自社製)が運転される
     1897 明治30 第3回の予防工事命令が出され全町を挙げてこの工事を完成させた
     1901 明治34 松木村が廃村となった
     1907 明治40 足尾銅山に大暴動が起こった
     1912 大正元  足尾鐵道の桐生・足尾間が開通した
     1916 大正5  銅山の最好況時で、人口が38,428人となり、市制が期待された
     1921 大正10 足尾で栃木県内で初めてメーデーが実施された
     1945 昭和20 新しい銅山労働組合が発足した
     1952 昭和27 「コウシンソウ」が特別天然記念物に指定された
     1953 昭和28 町内3つの中学校が統合され、足尾中学校となる
     1954 昭和29 小滝抗が廃止され、小滝に住むほとんどの人が移転した
     1956 昭和31 自熔製錬法を導入し、日本初の完全無害銅製錬を完成した(世界2番目)
     1973 昭和48 2月28日足尾銅山が閉山となり、銅山発見以来360有余年の歴史の幕を                閉じた
     1978 昭和53 町民待望の日足トンネルが開通(3,30)し、数々のイベントが開かれた
     1980 昭和55 4月23日足尾銅山観光がオープンした
     1989 平成元  3月29日わたらせ渓谷鉄道の営業が開始された
     1996 平成8  銅親水公園工事竣工式(4,11オープン)が行なわれた
     2000 平成12 足尾環境学習センター竣工式が行なわれた(4,7)
     2006 平成18 今市市・足尾町・藤原町・栗山村・日光市を配置分合し、「日光市」となる

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名前
Onozaki
生年月日
1970年9月29日
正座
天秤座
特技
具志堅ジャンプ
座右の銘
焼け石に鮭

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2007年11月29日 12:43に投稿されたエントリーのページです。

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