「足尾駅祭2・0~ちょとレトロな撮影会~」 下野新聞掲載
「足尾駅祭2・0~ちょとレトロな撮影会~」 12月2日開催が下野新聞に掲載された。
当日は、好評の古河機械金属の小型ディーゼル機関車2台に加え、旧国鉄矢板駅で使われた車両も登場。さらにボンネットバスや三輪トラック、ジープなど約50台が集合する。
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「足尾駅祭2・0~ちょとレトロな撮影会~」 12月2日開催が下野新聞に掲載された。
当日は、好評の古河機械金属の小型ディーゼル機関車2台に加え、旧国鉄矢板駅で使われた車両も登場。さらにボンネットバスや三輪トラック、ジープなど約50台が集合する。
「足尾銅山」近代化遺産に認定
経済産業省は、幕末から終戦にかけて日本の産業発展に貢献した歴史的な工場跡や港湾、鉱山などを「近代化産業遺産」に認定。日光市から足尾銅山や日光金谷ホテルが選ばれた。
甘利明経産相は「東洋の奇跡」をつくりあげた先人の努力を知り、地域の発展につなげてもらいたい」とあいさつ。
12月 1日(土)日光アイスバックスvsアニャンハルラ (韓国:安養アイスアリーナ)
日光アイスバックス 2 vs アニャンハルラ 1
ん~イイ! この勢いで連戦をものにするぞ・・・・
選手の勝利の雄叫び を読んでください。
日 光 2点(シュート数16本)
ハルラ 1点(シュート数43本)
(1P)
12:39(日光アイスバックス)1-0:#22中居
(2P)
8:22(アニャンハルラ)1-1
8:49(日光アイスバックス)2-1:#91波多野
次の試合12・2(日) 日光アイスバックス-アニャンハルラ
12月1日 さよなら例会 鬼怒川パークホテルズにて
社団法人今市青年会議所の1年を締めくくる「さよなら例会」が無事終了しました。
涙を浮かべての「理事長あいさつ」・・・・・感無量でした。長谷川理事長、1年間本当にお疲れ様でした。
まさにメンバーが「使命感:自分達で築くという気概」「情熱:諦めづ挑戦する」「フロントランナー:先導者 向かい風を正面からうける」「地域変革:価値ある行動で地域力を向上する」を実戦した価値多い1年でした。JAYCEEとして、地域変革を志す青年として学ぶべき事を多く頂きました。
また、本年度をもって卒業される5名のメンバーには、本当にお世話になりました。お一人お一人との事業を通した思い出が甦ります。ご卒業されても地域のリーダーとしてご活躍しつづけることを願っております。
鬼怒川パークホテルズさんには、多くのご配慮を頂本当にありがとうございました。ご協力により素晴らしい「さよなら例会」になりました。
※後ほど写真UPします。
塩原温泉の現代版湯治ツアーが国土交通省の促進する [ニューツーリズム・流通促進事業]に採択される。
塩原温泉観光協会シューツーリズム研究委員会は、来年1月のモニターツアー開催に向けメニューの研究やデーター収集。力を注ぐ背景には、塩原温泉の宿泊者が年々減少を続け「従来と同じやりかたではじり貧になる」との危機感がある。
12月2日下野新聞掲載
足尾駅祭2・0~ちょとレトロな撮影会~ 15tディーゼル
日立製作所製・15tディーゼル機関車・1964(昭和39)年製造・製造番号12811・ロッド式・東洋埠頭(大阪/桜島駅)→東北ポール/共同運輸(岩手/村崎野駅)→栃木県北通運(栃木/矢板駅)を最後に廃車後、足尾駅に移動し保存されました・民間鉄道保存団体所有
足尾駅祭2・0~ちょとレトロな撮影会~12月2日 10tディーゼル
協三工業製・10tディーゼル機関車・1980(昭和55)年製造・ロッド式・足尾鉱業所にて使用されました・古河機械金属㈱所有
足尾駅祭2・0~ちょとレトロな撮影会~12月2日 8tディーゼル
日本輸送機(ニチワ)製・8tディーゼル機関車・1965(昭和40)年製造・製造番号1105001・ロッド式・足尾製錬所で使用されました・古河機械金属㈱所有
足尾駅祭2・0~ちょとレトロな撮影会~12月2日 ボンネットバス
このボンネットバスは会期の12月2日、足尾駅から足尾銅山観光間の無料送迎が行なわれました。
イベントだけでわなく観光シーズンの土・日に、送迎や観光案内が出来たらいいですね。
足尾駅祭2・0~ちょとレトロな撮影会~12月2日 三輪トラック
マツダT1500 TUBBSN型(昭和41年製)
足尾駅祭2・0~ちょとレトロな撮影会~12月2日 クライスラー・デソート
映画出演のクライスラー・デソートが登場
<Chrysler Desoto 1938/>
2007年秋封切映画「続・三丁目の夕日」
2007年秋封切映画「魍魎の匣(もうりょうのはこ)」で女優 黒木瞳氏が乗車。
平成19年12月2日(日) 15:00faceoff アニャンアイスアリーナ
日光アイスバックス 1-1 ハルラ
(1P0-0 2P1-0 3P0-1 OT 0-0)
勝てば対ハルラ戦2勝2敗のイーブンだったのに!おしい・・・・
この4連戦お疲れさまでした。
(次回対戦カード)
12・7(金)日光アイスバックス-中国シャークス (神戸市立ポートアイランドスポーツセンター・19:00faceoff )
12・9(日)日光アイスバックス-中国シャークス (神戸市立ポートアイランドスポーツセンター・14:00faceoff )
東京・深川コークス工場完成 足尾に搬入し製錬に使用する。
市兵衛をめぐる人々 で渋沢栄一が勧めた「コークス」
コークスとは、石炭を蒸し焼き(乾留)した燃料のことである。蒸し焼きにすることで石炭から硫黄、コールタール、ピッチなどの成分が抜ける。燃焼時の発熱量が高く、高温を得ることができることから蒸気機関車や鉄鋼業などを中心に重厚長大産業には欠かせない燃料となっている。外見は石炭に似るが、多孔質であるため金属光沢は石炭に比して弱い。多孔質は、乾留(1,300度以上)の際に石炭中の揮発分が抜けてできるものであり、結果的に炭素の純度が高まり高温度の燃焼を可能とする。
乾留時には石炭ガスとよばれる水素を主成分とする可燃性のガスが得られ、かつては家庭用ガスの主成分となっていたが天然ガスの普及に伴ない現在は姿を消した。また硫黄やベンゼンなど多くの化学製品の原料となるコールタールが副産品として生じる。
ウィキペディアより
本邦最始の自動車
上写真は、本邦に初めて輸入された自動車で、これは明治33年 東宮殿下御成婚の大典を挙げられた時、米国桑港在留の邦人が慶祝の微衷を表さん為、時の領事陸奥廣吉伯の発議によって献上したものである。
陸奥伯は、潤吉君が機会に對する趣味の深いことを知って居るので、この自動車を君宛に積出して、組立方をを一任した。そこで、君は高田商會の技師職工を督して、この光栄ある自動車の組立をなし、献納の運びに到らせたのであった。
発行 五日會 古河潤吉君傳より
古河潤吉には、「趣味」は、多々あったようであるが中でも特異のものは、鉱物、及び、岩石の顕微鏡的研究であったとの事で、愛用の顕微鏡は、アメリカ留学中に父宗光翁より購い貰ったもので、ドイツ フュース会社第二鉱物用です。
下図の書棚は潤吉のライブラリーの1部で、採鉱冶金地質鉱床鉱物に関する参考書が収集されてある写真です。
下図の顕微鏡写真は、潤吉が研究した足尾地方のコーディエライトで、これ等の鉱物薄片を研究し所有していた。
当時の理科大学と地質調査所以外では薄片を作った学者は極めて稀であった。
発行 五日會 古河潤吉君傳より
コーディエライトとは、
趣味、嗜好 「顕微鏡的研究」と「鉱物薄片」で紹介したコーディエライト
菫青(きんせい)と呼ばれる、濃いスミレ色を呈する。(「菫」はスミレと読む)
アルミニウム、マグネシウム、鉄を含む珪酸塩鉱物。斜方晶系に属す。
コーディアライト、ウォーターサファイアとも言われる。
変成岩(火山岩)やペグマタイト中から発見され、六角柱に近い形状の双晶がサクラの花に見えることから「桜石」とも言われる。英名の語源はギリシャ語の紫[ios]といわれる。
多色性を持ち、見る角度により濃淡や色が変わる。青から透明に変わる様子が水面のように見えるためウォーターサファイアとも呼ばれる。強い多色性のため、ダイクロアイト(二色の石の意)ともよばれる。鉱物学名としてコーディエライトとよばれる。これは鉱物学者コーディエの名が語源、書籍によってはラピスラズリとして紹介される。
化学式は Mg2Al4Si5O18 。
宝石・鉱石と、その魔法的伝承、宗教的伝承(PDF)より
日光アイスバックス対vs中国シャークス 12・7
平成19年12月7日(金) 14:00faceoff 神戸市立ポートアイランドスポーツセンター
日光アイスバックス 3-2 中国シャークス
(1P 2-0 2P 2-0 3P 3-2)波多野選手3得点の大活躍
ウォー!よっしや ∩(^∇^)∩
是非是非プレーオフ進出!
(次回対戦カード)
12・9(日)日光アイスバックス-中国シャークス (神戸市立ポートアイランドスポーツセンター・14:00faceoff )
本山鉱山神社 本殿へ登って来ました。NO.1
足尾の舟石線を走りました。NO.5 本山鉱山神社では最初の鳥居の画像でした。
本殿まで上りましたので紹介します。
明治22(1889)年、銅山繁栄を願う抗夫達によって、旧本山社宅の最上段に本山鉱山神社が建設されました。 神社は、大山祗命(おおやまずみのみこと)、金山彦命(かなやまびこのみこと)、金山姫命(かなやまひめのみこと)の三神が祀られています。足尾に存在する山神社として最古のものです。 立派な彫刻は、関東の名工、磯部儀兵衛平五郎敬信の作が施され、神社には釘を1本もしようしていないたてものです。 周囲には、鳥居2基、石灯籠、水鉢石、狛犬などがあります。 銅山隆盛の頃は、毎年「三神祭」が行なわれ、多くの人々で賑わいました。
3代目・古河虎之助社長写真
本山神社に参拝する3代目・古河虎之助社長。来山時には、かならずお参りをしたという。
社殿建築献金の碑
鉱長 木村長七(きむら ちょうしち)の金500円をはじめ役員や抗夫頭外抗夫一同など、本山抗のあらゆる職種の人達が献金をし、その総額は、3,279円53銭にも達した。金10円を献金した抗部課長 青山七三郎(あおやま しちさぶろう)は、その頃月給12円であったという。この碑は、足尾銅山の黎明期の活気と心意気を伝える貴重な記録である。
明治22年4月28日 社殿竣功式
本山鉱山神社 鉄の灯篭
この灯篭の迫力に感動しました。左右に2つづつありました。
本山鉱山神社 狛犬
阿修羅のごとく迫力の狛犬たち
本山鉱山神社 本堂の四隅の彫り物
本山鉱山神社 本堂の扉
日光アイスバックス対vs中国シャークス 12・9
平成19年12月9日(日) 14:00faceoff 神戸市立ポートアイランドスポーツセンター
日光アイスバックス 6-2 中国シャークス
(1P 2-0 2P 6-1 3P 6-2)8勝10敗 2分(勝点24)
王子製紙に追いつけ!追い越せ!
(次回対戦カード)
12・19(日)日光アイスバックス-西武プリンスラビッツ (青森・八戸市新井田インドアリンク・19:00faceoff )
アイスバックス連勝6得点 下野新聞掲載12月11日
・「積極的にゴールを狙っているのがいい結果につながっている」FW波多野
・伊勢監督納得の快勝。
・のこり10試合は国内チーム。厳しい戦いがつづくが「手応えを感じている」村井主将
”地元プレーオフ開幕「4位以内」も視野にとらえた”
本山鉱山神社 敬神愛国の碑
本山鉱山神社に向かう途中に、敬神愛国の碑を見つけました。
そこに先代の名前がありました。
分かりづらいので白く囲いました。
紀元二千五百五十八年戊戌五月十二日建之とあります。
この時代を物語っている年度の表現です。詳しく調べて後日UPしたいと思います。
本山鉱山神社 に登ってきました。 途中の景
この石碑と灯篭の先、目指す山頂に本山鉱山神社がありました。
目指せ「日光博士」 下野新聞12月13日掲載
日光商工会議所は来年度秋を目指し、日光市内の歴史や文化など幅広い分野の知識力を認定する「日光検定(仮称)」を実施する。
市と連携を図り、市民意識の高揚、観光PRにつながると期待する。
観光マイスター制度検討と足尾銅山の世界遺産登録推進に職員配置 下野掲載12月13日
観光マイスター制度:サービス提供の向上と関係者の意識高揚につながる制度を検討する考えを明らかにした。
私も出向している「市観光振興開発推進本部」の中間報告で「観光マイスター」制度が提案された。
日光商工会議所の「日光検定(仮称)」と連携しより効果的となるべきである。
足尾銅山の世界遺産登録推進の為の職員配置:必要に応じて職員を配置したいとの事。
バックス上げ潮 上位照準
通算成績8勝2分け10敗、勝ち点24で6位ながら、5位王子に2点差、4位ハルラ(韓国)には3点差と肉薄。
セルジオ越後SDは、後半戦のを「年末と1月上旬の4試合が重要。ここを集中して戦わせたい」と意気込む。
15,16日に7位の中国シャークスがハイワン(韓国)に連敗を喫すれば、プレーオフが確定するが「選手には後を見ないで前を向かせ追いかける」と気を引き締め、上位進出に照準を置く。
1999年の古河電工チームの廃部依頼、支援が途切れていた古河電工日光事務所が法人会員に入会。
「古河電工の法人会員は大きい。地域で信頼を失っていたが、理解されるようになった」と手ごたえをつかむ。
本山鉱山神社 敬神愛国の碑の建てられた時代を調べてみました。
「紀元二千五百五十八年戊戌五月十二日建之」について調べたところ、恥ずかしながら「皇紀(こうき)」について知りました。神武天皇即位の年を元年と定めた紀元。正式には「神武天皇即位紀元」という。皇紀元年は西暦紀元前660年にあたる。2005年は皇紀2665年になる。日本の歴史は皇紀による始めるゆえ、便宜上的は西暦より易く使えるが今はあまり使う人が見られない。インドネシア独立宣言書にも使われている。なお、神武天皇即位の年代は讖緯説にもとづいて決定された伝説上のものであり、紀元前600年代には日本は弥生時代であり、古墳時代にすらなっていない。
「紀元二千五百五十八年戊戌五月十二日建之」は、西暦1898年、明治31年となる。
明治22年に本山鉱山神社が建築され、9年後に敬神愛国の碑が建てられた事になる。
この年足尾銅山では、1896年(明治29)の第一回鉱毒予防工事命令が下ってから、明治36年まで5回の予防工事命令の最中にあり、明治31年は世界唯一の脱硫塔が完成し稼動した年である。
脱硫塔の結果として古河は足尾銅山の稼業停止を回避することが出来たが、公害防止効果は完璧なものではなかった。特に製錬排ガスの処理については、脱硫塔の効率は50%以下で、効果は認められるものの現在の技術から見ると完全なものではないといわざるを得ない。 明治31年秋、大雨のため渡良瀬川が再び大洪水となった。鉱毒予防工事で完成した堆積場の一部が崩壊し、下流で鉱毒問題が再発する。
明治25(1892)年、銅と物資の輸送量えお増やすために足尾・群馬沢入間に軽便馬車鉄道(けいべんばしゃてつどう)を開通させました。
ここは、花崗岩の高い崖が切り立っており、鉄路を開通させることは困難でした。
そこで、岩盤をコの字状に抉り取り、片桟橋を張り出す構造になっています。
断面は、高さ約3m、幅2m、顕著に開削した跡が残る、延長40mの貴重な産業遺跡です。
明治23(1890)年足尾銅山は、資料や食料輸送のため、町内に軽便馬車鉄網を整備し始めました。
この渡良瀬川対岸に残されている石積には、渡良瀬川を渡る馬車鉄道橋台跡です。
切幹から群馬沢入まで延長約6kmを、明治24年(1891)年から、25年にかけてゆっくり、大正3(1914)年に廃止されています。
「足尾五氏」と言われる一族14人が、(日光から移住したとも伝えられている)妙見宮の分身を拝受し、同大3(808)年に氏神として祀り、後に足尾郷14ヶ村の鎮守となりました。
関東三大妙見様の1つといわれています。
境内には、栃木県銘木100選の大檜の、御神木があります。
当初は、現在の中才浄水場のところにありましたが、浄水場をつくるときにこの地にうつされ、名前も磐裂神社に改められました。
磐裂とは、足尾らしい名前の神社です。
「足尾五氏」と言われる一族14人が、(日光から移住したとも伝えられている)妙見宮の分身を拝受し、同大3(808)年に氏神として祀り、後に足尾郷14ヶ村の鎮守となりました。
関東三大妙見様の1つといわれています。
境内には、栃木県銘木100選の大檜の、御神木があります。
当初は、現在の中才浄水場のところにありましたが、浄水場をつくるときにこの地にうつされ、名前も磐裂神社に改められました。
磐裂とは、足尾らしい名前の神社です。
「足尾五氏」と言われる一族14人が、(日光から移住したとも伝えられている)妙見宮の分身を拝受し、同大3(808)年に氏神として祀り、後に足尾郷14ヶ村の鎮守となりました。
関東三大妙見様の1つといわれています。
境内には、栃木県銘木100選の大檜の、御神木があります。
当初は、現在の中才浄水場のところにありましたが、浄水場をつくるときにこの地にうつされ、名前も磐裂神社に改められました。
磐裂とは、足尾らしい名前の神社です。
「足尾五氏」と言われる一族14人が、(日光から移住したとも伝えられている)妙見宮の分身を拝受し、同大3(808)年に氏神として祀り、後に足尾郷14ヶ村の鎮守となりました。
関東三大妙見様の1つといわれています。
境内には、栃木県銘木100選の大檜の、御神木があります。
当初は、現在の中才浄水場のところにありましたが、浄水場をつくるときにこの地にうつされ、名前も磐裂神社に改められました。
磐裂とは、足尾らしい名前の神社です。