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2008年01月 アーカイブ

2008年01月06日

世界遺産登録目指す県内2候補 2008年1月1日掲載 33面

郷土の足跡 世界に発信 「足尾銅山」「足利学校」

世界遺産 県内2候補 1.jpg

世界遺産登録目指す県内2候補 2008年1月1日掲載 38面-1

足尾銅山 宇都野火薬庫

宇都野火薬庫 世界遺産 県内2候補1.jpg

世界遺産登録目指す県内2候補 2008年1月1日掲載 38面-2

足尾鉄道 本山駅

足尾鉄道本山駅 世界遺産 県内2候補2.jpg

世界遺産登録目指す県内2候補 2008年1月1日掲載 38面-3

通洞抗

通洞抗 世界遺産 県内2候補3.jpg

世界遺産登録目指す県内2候補 2008年1月1日掲載 38面-4

古河橋

古河橋 世界遺産 県内2候補4.jpg

世界遺産登録目指す県内2候補 2008年1月1日掲載 38面-5

足尾銅山とは 地図「MAP」

足尾マップ 世界遺産 県内2候補5.jpg

2008年01月17日

高校時代のボクシング仲間の結婚式 1月14日

高校の3年間、共にボクシングをやって来た仲間の結婚式でした。

結婚式は本当にほほえましいですね!こちらまで幸せな気分になれます。

結婚式2人.jpg

久しぶりの同級生も多数参加で同窓会状態でした。

ガラが悪そうですが気のせいです。

結婚式 全員.jpg

披露宴前に何故だかこのビール本数「非常に悪そうな人が写り込んでいますが、かわいい後輩です」

結婚式ビール.jpg

O&H.jpg

元ボクサーで消防署員のO君と、同じく元ボクサーでマントルと呼ばれた、リンパ癌を克服したH君「神宿る男」です。

大正~昭和期に使用したカメラ「1」

当写真館で使用したカメラ 年代ものだがカメラのメーカーが分からない。
移動してみたが台車も動いた。

明治後期~昭和初期使用 カメラ1.jpg

大正~昭和期に使用したカメラ「2」

レンズはXenar(クスナー製)
他にレンズがTesser(テッサー)とダルメーヤが残っている。

明治後期~昭和初期使用 カメラ+レンズ2.5.jpg

エアーレリーズ(シャッター)が見あたらなかった。

明治後期~昭和初期使用 カメラ+レンズ2.jpg

撮影者がレンズに映り込んでいるが見逃して欲しい。

大正~昭和期に使用したカメラ「3」

蛇腹がテープで補強されているのが残念です。

明治後期~昭和初期使用 カメラ3.jpg

明治後期~昭和初期使用 カメラ4.jpg

大正~昭和期に使用したカメラ「4」

シャッターも開閉しました。エアーレリーズがあれば撮影できるかも・・・

明治後期~昭和初期使用 カメラ5.jpg

明治後期~昭和初期使用 カメラ6.jpg

エアーレリーズとシャッターをつなぐパイプが破損してます。(どうにかなるかな)
シャッター用のバネも交換したほうがよさそうですね!
撮影にむけ行動開始します。
いつになるか分かりませんが、撮影写真をUPします。

昭和30年に撮影した乾板(ガラスのネガ)が見つかりました。

サイズは4切サイズ(横30.5×楯25.4)×2枚

ガラスのネガ1.jpg

上記は、通洞病院での撮影 昭和28年頃 撮影

ガラスのネガ2.jpg

栃木県立足尾高等学校 昭和30年撮影

2008年01月22日

本山鉱山神社(明治23年)建築献金と古河市兵衛(明治10年)足尾銅山への投資①

本山鉱山神社(明治23年)建築献金3279円53銭と古河市兵衛(明治10年)足尾銅山への投資2万円

本山鉱山神社(明治23年)建築献金3279円53銭①

社殿建築献金の碑 http://nikko-spot.com/blog/2007/12/post_546.htmlに3代鉱長 木村長七(きむら ちょうしち)の金500円をはじめ役員や抗夫頭外抗夫一同など、本山抗のあらゆる職種の人達が献金をし、その総額は、3,27953銭にも達した。抗夫の日当は下記鉱夫等級賃金表を見るに、男性で36~70銭で、当時は月に2日の休み、10~20円程度の収入であろう。当時の足尾銅山古河鉱業所の人員9964人との資料もあるので献金平均の算出できるが全くあてにならないであろう、けして豊であったと思えない生活をおくっていた抗夫の本山鉱山神社への献金に、足尾銅山黎明期の活気と心意気がうかがえる。

復刻版 足尾銅山図会 鉱夫等級賃金表(明治25~34年毎月2回発行)

鉱夫等級賃金表「支柱夫~女工」

足尾銅山賃金表1.jpg

本山鉱山神社(明治23年)建築献金と古河市兵衛(明治10年)足尾銅山への投資②

古河市兵衛(明治10年)足尾銅山への投資②

江戸幕府から明治にうつり、政府は産出量を増やすために鉱山のすべてを官営にしましたが、足尾銅山においては、産出量が伸びない為に明治5年、民営移行の方針が出されます。多くの銅山師が挑戦したそうですが大きな成果はあがりませんでした。

古河市兵衛のもとに足尾銅山譲渡の話が持込まれたのは明治9年の末だそうです。
 
廃山同然でだったこの鉱山を譲り受けることについては古河家のなかにも反対意見が多かったそうですが、市兵衛は反対を押し切って、2万円あまりの大金を支払って入手ました。明治10年のことです。その際、草倉鉱山の成功あり相馬家からの出資し、明治13年からは渋沢栄一も参加しての三者による共同経営となりました。

 

当時2万円とは、抗夫の日当36~70銭 平均の50銭×28日(実働)=14円×12月=年168円です。1りの五等抗夫が日当50銭かせで120年飲まずくわずで稼せぐ金額であります。
当時抗夫の手当ては、厳しい労働条件、落盤の危険、鉱山特有の病気などの理由により、非常に良かったと聞いています。現在の価値にすると月40~50万円位と換算すると、当時の2万円は約6~7億円となります。

古河市兵衛の鉱山事業成功の鍵は、ひとつにはその巧みな人脈づくりにありました。特に陸奥宗光や渋沢栄一からは、会社運営・資金調達、新技術の情報、人材の採用・活用などの面で強力なサポートを受けています。

復刻版 足尾銅山図会 鉱夫等級賃金表「機械職~女工」

工夫賃金表.jpg

工夫賃金表3.jpg

2008年01月31日

広報にっこう 2008年2月号 足尾銅山を世界へ

今月から3回にわたり、足尾銅山の世界遺産にむけた構成資産を紹介していくそうです。

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広報にっこう 2008年2月号 足尾銅山を世界へ no.2

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東武鉄道スペーシア きぬ・けごん (下り)

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詳しくは、東武鉄道のHPでご確認下さい。

東武鉄道スペーシア きぬ・けごん (上り)

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詳しくは、東武鉄道のHPでご確認下さい。

東武鉄道スペーシア きぬ・けごん (乗車券運賃)

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詳しくは、東武鉄道のHPでご確認下さい。

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プロフィール

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名前
Onozaki
生年月日
1970年9月29日
正座
天秤座
特技
具志堅ジャンプ
座右の銘
焼け石に鮭

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